みなさまの心のふるさとにようこそ 本文へジャンプ
住職より

たくさんのお参り、


ありがとうございました。


※巣鴨のとげ抜き地蔵尊「高岩寺」へ行く機会がありました。庚申塚の商店街を歩いていくと大勢の人々が高岩寺にお参りに行く姿と出会います。途中、甘味屋さんに入って暑かったので一休みしたのですが、足の悪い人でも休めるようにテーブルが移動できたり、店員の方が優しく声をかけてあげたり、当たり前と言えば当たり前の光景にあいました。
 しかし、この当たり前の光景に近年なかなか出会えません。たとえであったとしても、何か、ちぐはぐな、気恥ずかしそうな光景に感じたことはありました。当たり前のことを当たり前に行える。なんてすてきなすばらしいことなのでしょう。
 生きている方にも、亡くなったかにも優しく接してあげる。それが「ご供養」ではないでしょうか。『高岩寺』のお坊さん曰く、『みんなが集まってくるから自然と優しくなれるのじゃないですかねえ。』
 吉祥院にも、たくさんの方々がお参りしてくださるよう、これからも努力していく所存でございます。

(吉祥院本堂) (吉祥院本堂脇室)




◎義輝、本山での荒行・加行(けぎょう)無魔成満す。31,4,3


1月29日から3月29日まで『加行』に行かせて頂いていた弟子の義輝が

おかげさまをもちまして無事、行を終え、帰山いたしました。

その御報告を兼ね、脇室本尊「閻魔」にて『不動護摩供』を実施

致しました。


   
   ・装束は、私の護摩用の衣を貸しました。「五体投地三礼(ごたいとうちさんらい)」をし、登壇します。登壇した後に、順に印を結びこれから護摩をするにあたっての本尊及び様々な仏様や道具に対しお祓いやお願いをしてから護摩供に入ります。
   
   
   
護摩木を積んだ後に付け火(本番では、松脂のついた木を使うが、本院にはないのでマッチを輪ゴムで何本か束ねた物を使用して)を使い釜に火入れをする。火入れの後には、呪文を唱えながら油や丸香、シキビの葉、米、五穀などの供物を専用の柄杓3本を使い分け、投入する。また、108支、21支、護摩木をその都度投入する。念珠を使って108遍、1080遍など、その都度真言を唱えて祈願祈祷する。   
   
 終わりの振鈴をならした後、真言を唱え、道具を加持し、下座した後、最後に五体投地三礼し、護摩供は終了する。その時間は、約1時間30分ほどである。
   
   


















◎「御影供(みえく)」弘法大師様の恩恵に感謝し供養すること。

上総第三教区青年僧の皆様のご協力のもとに実施されました。31,2,18


   
 半鐘をたたいて開始の合図。  御本尊に対して三礼。
   
 導師は、私、住職がさせて頂きました。洒水発音(しゃすいほっとん)でお経が始まります。  今回は、月並御影供と同じ「理殊三昧」で行いました。3月21日御入定の命日ですと本山では、「二箇法要」となります。
   
御信者様の一部が見学希望され、ご参加頂きました。   本堂の様式も普段とは変え、経机を出し、法要の出来る形に準備いたしました。
   
衣帯は、木欄(もくらん)・割切(かっせつ)で黄色い衣と黄色い座布団のような形の袈裟を身につけて相い揃えます。『色衣(しきえ)』は、位が違うと紫や緑といった色がありますが、位は関係なく今回は、色を揃えることで一つの目的を持って法要に取り組みます。微妙に衣の色が違いますが、これ、すべて黄色と見なします。首には、マフラーのようなもの「帽子(ぼうし)」をこの季節には用います。   私は、「導師(どうし)」という役なので、御本尊に対し、お経を唱えるだけでなく、「不動法(ふどうぼう)」という所作や経文を淡々とお唱えして供養していきます。私は、「導師」という役なので『如法衣(にょほうえ)』という衣をつけているところが、他の僧侶と違うところです。・・・住職。
   
   
   
   





◎盛夏を終えて 29,8,30

・今年は、天候が不順で、6月頃に気温が高く、7月に梅雨が明けたととたんに雨ばかり降るようになりました。8月に入っても本堂の中で37度もあった日もあれば、お盆は雨ばかり降っていて、長靴と衣の下には、作務衣のズボンをはいて廻るという、住職になって初めて、雨バージョンで檀家回りを致しました。先代住職の時代にも、台風が来て1日だけ、この格好で廻ったこともありましたが、ずっと雨ばかり、というのは、きっと初めてだと思います。

私の同級生が二人、新盆を迎えるという、便りがありました。一人の方は、檀家回りをしている身からして、ちょっと家が家が離れているのでうかがえなかったのですが、もう一人の方は、同じ市内だったので、檀家回りを終えてから、家の息子もともない、お焼香をさせていただき、お経も唱えてまいりました。大好きな星や青空の景色を見て、冬の八ヶ岳で岩の上に腰を下ろしたところで、心臓麻痺を起こしたのだそうです。こんな言い方をしたら、「なんと失礼な」と思われる方もおられるかもしれませんが、まだ、若い。57才。しかも両親より先に。
 でも、「大好きな場所で大好きなものを見て、苦しまず。あっという間に。」残されたご両親も残念でたまらないと思っていましたら、お父様からは、そのようなお話がございました。考えてみましたら、ただただ、長生きをすれば幸せか、と問うてみれば、その自分が置かれている環境が、幸せの中であるならば、長生きで楽しいことがたくさんあって、苦しまずに何の不自由もなく眠るように逝くことが出来るのであれば、「大往生」であると言えるでしょう。でも、今の世の中、果たしてどれほどの人が「大往生」出来ているのでしょうか。天文同好会の担当部長で先に逝った影山先生ときっと、天の川でも見ながら「★談義」をしているのだな、と思います。合掌。

自分に置き換えてみれば、家族の中で見守られ、ああ、いい人生だった、と言って眠るように死ぬことが出来れば、私も幸せだなあ、と思います。息子も住職の跡をきちんと継ぎ、おまけに嫁も孫も見ることが出来れば、、、、・これぞ、大往生かもしれません。

もう一人は、「書道ガール」で有名になった学校で書道部を指導していたK先生。高校の時に同じクラスで、たまたま、高校の部活の顧問が有名な書家の先生(今も現役)だったことで、きっと本人の努力もあって、道が決まったのでしょう。彼も高校の教師となり、「書道ガール」の流行もあっってかテレビでも紹介される程になったらしい。実力も素晴らしい。結果もついてきたのでしょう。ここのところ噂をあまり聞かなくなったと思っていたのですが、友人から亡くなった話を聞かされ、ビックリしました。「肺がん」というお話でした。次の同窓会は、彼が幹事長という、約束だったのに。心からお悔やみをもうしたいと思います。合掌。


◎中学の時に、お世話になった藤平芳子先生を訪ねて。29,8,23(午前)

以前お住まいだった大貫を離れ、娘さんの近くに引っ越しをなさった恩師を訪ねてお邪魔いたしました。ご病気のお身体を心配をして、娘さんがご用意してくださったマンションだそうです。ご夫婦でお過ごしでした。

   
久々の再会に握手です。   右は、御主人。奥様をかいがいしくお世話しておられました。
   
 3人で。  2,3年生の時の担任で、英語担当。L,L教室では、いつも明るく、「ナウ、レッツスピーキング、イングリッシュ!!」と楽しい時間を過ごさせてくださいました。英語が大好きになったのも芳子先生のおかげです。また、お会いしたいと思います。







◎「住職彼岸法話」26,3,21

・『仏の居場所・人の居場所』

 先日あるお檀家様の先祖様のお墓が、永年の雨風で崩れてしまいました。考えてみれば、我々の家でさえ、何年も雨風に当てられ、痛んだところを修理しなければどんどんそこから痛みが広がり、最後には崩れてしまうでしょう。人間の体でさえ、どこか病気になったときには、お医者さんにみていただき、薬を飲んだり、必要ならば手術を施さなければ、命耐えることになってしまうでしょう。その家々によって事情も違いますし、病院を紹介したり、心配したり、教えてあげることはできますが、実際に体のことも取り組まなければならないのは本人のみです。同じく、家のことも、お墓のことも同様とおもいます。

 さて、先ほどのお檀家様は、お父様が亡くなったことで、ここ一番奮起をなさって、墓を直すことに決められました。それこそ、先祖代々、多くのご先祖様がお亡くなりになっているお墓です。このお墓に関わる方々は、近所の親戚のみならず、遠方の方まで多くのご親戚があるわけです。それでも、「施主」になったからには、その家の代表として、その役目を果たすべく、一大決心をなさったわけです。しかし、その決心に至るまでは、何度も悩まれたそうです。「自分はたまたま、父親が亡くなったわけで先祖の墓にお骨を入れてしまったために、施主となったわけで、個人の墓や今はやりの散骨、樹木葬という選択もできたわけだ。なぜ、俺は、こんな苦労をすることを撰んでしまったのだろう。」人間は、こんな場面にぶつかって初めていろいろなことを考えたり、調べたりします。きっとそのお施主様も、初めてこういう場面にぶつかったのだと思います。当たり前といえば当たり前なのですが、同じ場面を前に経験していれば、それがスキル(経験・学習)となって、このときにはこういう風にすればよいのだ、と行動できるわけです。しかし、初めての場面ではなかなかそういうわけには、参りません。でも、考えてみてください。ご先祖様だって、そういう風に悩みながら、その「家」を「時代」を築きあげてきたわけです。つまり「知恵」を授かってきたわけです。たった一人では、自分と向き合って一つの答えしか、なかなか見いだすことができない場合も、3人そろえば「文殊の知恵」。もっとたくさんの方々が知恵を貸してくれれば、それこそ「鬼に金棒」です。たまたま、直さなければならなくなったご先祖のお墓でも多くの方々が知恵や力を貸してくださることで、きれいに、しかも現代的に、無駄なく、ご親戚の方々や縁のある方々がお参りくださることのできるものに生まれ変わることができました。お墓が個人墓だったり、誰も知らないところに散骨していたならば、お参りすることもできなかったでしょう。お墓は、生きているときに、みんなが「家」に訪れてくれるのと同じで、なくなってもみんなが会いに来てくれる「場所」なのです。確かに散骨しても訪れてくれるかもしれませんが、「永遠に訪れてくれる場所」ということが、先祖代々墓のすごいことだと私は思います。

 一方、もうひとかたのお檀家様、自分の体も病気がちとなり、この先の行く末がだんだん見えてきて、このままだと、自分の親の墓参りもできなくなってしまうのではないか、と心配になってきた、とのご相談でした。結論として、親の墓を永代供養して、片付けることと相成りました。お寺によっても違うのですが、私の寺の場合、お墓を片付けても、お骨を上げたものは、集合墓の中にお納めして、さらにお墓は、有縁無縁墓の集まりの場所に移動、そのお墓の中心に観世音菩薩様がいらっしゃる。お位牌は、えんま様のところにお納めし、ご自分の家で仏壇の中に入っている場合は、お納めするまでは、白木のお位牌で、毎日朝のお勤めの時にお経をお唱えさせていただいております。その後、息子の義輝が、お線香を毎日、外の観音様、お地蔵様、献香台3カ所に上げさせております。夏になれば、お施餓鬼塔婆が護持会や住職、義輝、晃生やお檀家様の名前で上げられます。つまり、お墓を片付けたと言ってもそのお墓に宿る魂は、全然寂しい思いをしなくてすむわけです。それは、永代供養ですから、一つの仏様毎に対し、いくばくかの費用はいただきます。が、お墓を片付けたからといってもそれ以上の仏様の幸せがあるのです。ですから、お墓の心配な方においては、是非、住職までご相談いただければ幸いです。
 人の居場所もなくなってしまうと寂しい限りですが、たとえ亡くなっても、先祖様のお墓に入り、また、永代供養のお墓の仲間になっても、仏の居場所さえあれば、多くの方々が、お参りにきてくださることで、ご先祖様の魂は、寂しい思いをすることはありません。「お彼岸」、そのお中日に際しまして、ほんの少し、御法話させていただきました。・・・・・合掌。・・・住職。



・亡くなった新仏のために、「地蔵札」を地縁・血縁の方々ともに境内の地蔵仏に貼っていきます。写真は吉祥院境内にある「十三仏」中のお地蔵様。

















◎「写仏」の奉納25,4,13


・過日、吉祥院本堂正面に観世音菩薩・地蔵菩薩の「写仏」と蓮池の「切り絵」の御奉納をいただいた永嶌弘子氏より、本日「十二天仏」の写仏の御奉納を賜りました。ここに、厚く御礼を申し上げるとともに一足早くホームページ上で写真をご覧の皆様にご紹介申し上げます。なお、元絵は京都の「東寺」にある十二天仏でございます。・・・・住職。

     
 帝釈天たいしゃくてん(東を守る)  火天かてん(東南を守る)  焔摩天えんまてん(南を守る)
     
 羅刹天らせつてん(西南を守る) 水天すいてん(西を守る)  風天ふうてん(西北を守る) 
     
毘沙門天びしゃもんてん(北を守る)  伊舎那天いしゃなてん(東北を守る)  梵天ぼんてん(天を守る) 
     
地天ちてん・(地を守る)  日天にってん・インドの古代神話の神(日輪を象徴する)  月天がってん(月輪を象徴する神) 

◎設置工事完了する。25,4,24
   
廊下だったところの壁に桟を渡し、絵が掛けられるようにする。   絵は、方角を決め、実際にその方向を向いてあるように掲げられるようにガムテープを貼って場所決めをした。
   
反対側にも同じように桟を2本渡す。   向かい合わせに十二天仏の絵を掲げて終了した。・・・住職。


◎平成25年「春彼岸」法話

・今日は彼岸仲日。当寺にもたくさんの方々にお参りをいただきました。中でも、今年気がつきましたことに小さなお子さんをお連れになってお参りする方々が非常に多かったこと。一緒にお手綱の鈴を鳴らしたり、鉦鼓を鳴らしたり、子供みくじをおうちの方にねだったり、と賑やかな声が境内に響いておりました。

昨年、「幸せ」についてご法事の折にお話しさせていただいたのですが、ご祈祷の札の一番多い願い事が「家内安全」です。家族が幸せであること、家族一緒に楽しい時間がもてることではないでしょうか。

次の時代やまたその次の時代を担う方々と、ご先祖様や菩提寺にお参りする。そんな幸せなひとときを私はかいま見させていただいたわけです。「教え」というものをぎゅうぎゅうと教えられるのではなく、こんな風に自然と結果として教えられ、身についていくものなのではないでしょうか。

「幸せなとき」「家族団らん」一番小さな社会の元であるご家族が、その幸せの根本なのですね。今回は、「家族について」のこのお話を「春彼岸法話」とさせていただきます。・・・・住職。

















◎住職新年法話 24,1,9

 「人間関係 よりよくするには」

日経新聞1月7日付「NIKKEI プラス 1」より

「人間関係をよりよくするために」と題して、20代から60代を対象に有効回答男女とも1000人にアンケート調査した回答結果が寄せられ、まとめられた。以下はそのランキングと内容である。紹介いたします。・・・・・住職。

1位
「ありがとう」とごめんなさい」は必ず言う。 
2位
笑顔で必ず挨拶する。
・人間関係は、この気持ちがなければ始まらない。(50代男性)
・当たり前のことだけど、口に出して言うことが大事。(30代女性) 
・1日の始まりに、明るく挨拶すると自分も元気になる。(30代男性)
・挨拶次第で、職場の雰囲気が変わる。(20代女性)
3位
了解した約束は必ず守る。実行できない約束はしない。
4位
嘘は言わない。ごまかさない。
・約束を守らないと、信用・信頼を失う。(60代男性)
・たとえ、口約束でも必ず守る。(60代男性) 
・嘘は、嘘を呼んでしまう。(40代男性)
5位
自分がされて嫌なことはしない。 
6位
必要な情報はしっかり共有する。 
・常に自分に置き換えて考えることが大事。(50代女性)  ・状況がわからないと不安になったり、疑心暗鬼になったりする。(50代男性) 
7位
相手の立場になって考える。 
8位
話を聞くときには、相手の顔を見る。 
・相手を思いやる想像力と共感力が信頼や絆の原点。(60代女性)  ・最も簡単で最も重要なコミュニケーション術。(20代男性) 
9位
本人がいないところで、悪口やうわさ話をしない。
10位
「親しき仲にも礼儀あり」を徹底する。
・本人のいないところではほめ、不満があれば直接言う。(60代男性)  ・ちょっとした非常識な言動で人の見方は変わる。(30代女性) 

11位以下は省略します。自分にも当てはまる場所がありますが、つい最近のことで思い出すのが、「東日本大震災」のときのあのCMです。「A.C」です。おはよう、ありがとう、こんばんは。いただきます、お休みなさい。ごめんなさい。・・・・。やっぱり私はこれが基本だと思います。皆さんは、いかがお考えですか。・・・・・住職。







◎宝灯を守る。その2 

 近所の奥さんとの会話から、「どうして、お父様は出て行かれたのかしら。」「それは身体をこわしてもう、住職としての仕事を全うできないので自分からやめて、出て行ったのです。親子であって親子でなし。おまえと俺とは弟子と師匠の関係だから、これから先、おまえが成功しようが失敗しようがそれはすべておまえの責任で寺を運営して行きなさい。俺の仕事は、ここまで。俺が死のうが、具合が悪かろうが、一切連絡はしない。おまえも俺はもう死んだ者として連絡も一切よこすな。」こう言い残して先代は寺を出て行ったのです。
 
 普通の親子であったならば、家庭というものがあり、そこに幸せというものを見いだすのでしょうが、住職という仕事、坊主としての仕事の関係で生きてきたわけですから、弟子に後を任せてくれた、ということが、優しさであり、励ましであると私は思っています。ましてや、普通は死ぬまで住職という座にあり、力を見せつける人もいる中、自分のことは自分で理解し、自ら退路を断って出て行くのですから、これも勇気のいることだったと思います。風の噂では、もう母親も亡くなり、父親は妹たちが面倒を見てくれているようですが、兄弟にも感謝しています。親子としての役割をしてくれているのですから。

 生きている間に二度と父親に会うことはないと思いますが、風の便りで私の住職としての仕事を、坊主としての仕事を見守ってくれていればよいと思っています。先代住職の仕事を受け継ぎながら、自分は自分としての寺作りをしていくことが今の私の重責だと考えております。もちろん、宗派や寺の形態によって様々な考えや教えもあろうかと思いますが、先日にも書かせていただきましたが、やり方については個々の寺によって違うと思いますのでここでは申し上げませんが、それこそ、住職の「得意技」も人それぞれ、ということになりましょう。

 「それでも教えていただきたいこともあるでしょう。」という心配してくださる近所の奥さんへ時間がなかったのでお答えできなかったのですが、そういう時には、私には、相談できる「仲間」がおります。身近な一人としては「喜光院」御住職、上総第三教区の青年部僧侶、御住職の諸先輩方、etc,・・・・・。同じ道を歩んでいる仲間たちがいるのです。この方々の存在は、何にも代えることはできません。いつもありがたいなあ、と思っている方たちばかりです。どの世界でも、自分の行おうとしている仕事の「先達(せんだつ)」先に経験してきた方々がおります。私の悩みはそういった方々に解決の糸口を頂戴することで成り立っています。
 
 亡くなった方々を守って導いてくださるのも、ご本尊様・・・先達・・・・なのです。あの世のことも先に到達している方々のお力を頂いて手をさしのべてくださっているからこそ、不安な中にも一筋の光が差し込んでいくのだと思うのです。ご法事もそういった仏様の力を頂いてお願いすることが大切と考えます。私は、そんな皆さまのご供養のほんの少しでもお力になれたら幸せ、と思います。





◎宝灯を守る。 

長年続いてきたお寺が檀家の人の数が減ったり、住職が居なくなって他の寺との兼務となると、なかなか目が行き届かなくなり、やがては荒れていく運命にあると聞きます。
事実、地方に行くとお堂だけが残り、墓はあとをする者が都会に出てしまってだれも面倒を見る者がなくなってしまい、荒れ放題ということがたくさんあるようです。島部となるとなおさらのようです。

「守る」ということは、何を守るにしても大変なことで、お金もかかるし、いろいろ工夫もしなければならない。その時代時代にあったやり方も時には必要なこともあるでしょう。「家族」を守る。「会社」を守る。「身体」を守る。「寺」を守る。「檀家」を守る。「心」を守る。・・・・etc。

都会の寺のなかには、不動産を経営したり、土地を貸していたりして、裕福な寺もあるでしょうが、そんなところはごく一部で、たいがいどこの寺もいろいろなやりくりをしながら寺を守っていると聞きます。その支えとなるものは何かというと、人々の「信仰」によって支えられているのだ、と私は思います。もちろん、「檀家」の人たちや「信者」や「講」「護持会」という組織の協力も大切であることはいうまでもありません。しかし、その方たちでさえ、「信仰」というものがなくなってしまうと、どんなに「昔は立派な寺だった」といってもどんどん寺は衰退していってしまうこととなります。

それでは、どうすればよいか。これは、魅力的な寺を創る。この一言に尽きると思います。「檀家」「信者」「講」「護持会」などの組織と協力し、建物や境内を整備していくことも必要と思いますし、何よりも大切なことは、「信仰」「心」を耕してさし上げることが大切と考えます。そのやり方については個々の寺によって違うと思いますのでここでは申し上げませんが、それこそ、住職の「得意技」も人それぞれ、ということになりましょう。

ただ、何もしないで通り過ぎてしまうと、その時は楽をしていいかもしれませんが、あとになったら、手遅れだと思うのです。今やらなければならないときには、今、やらなければ、いけないのです。そうすることで、あなたも、先祖も、その後に続く子や孫たちも、救われるのです。近隣寺院の御住職の葬儀に参加して思い、書かせていただきました。(ちなみに、そのお寺は一致団結してご立派でした)・・・・住職。 (別件、政治もインフルエンザ対策も早ければ早いほど、傷は浅くて済むはずですよね。)




◎「足るを知る」

今日は、御彼岸の仲日「春分の日」です。西方浄土にいらっしゃる仏様のことを想い「ご先祖様のことをよろしくお願いいたします。」と、日々の感謝をあらわし、お願いする日です。

よく、「六波羅蜜」が大切だ、と言われます。
「布施」・・・他人への施しをする
「持戒」・・・戒めを守り、反省すること
「忍辱」・・・不平不満を言わず、堪え忍ぶこと
「精進」・・・精進努力をすること
「禅定」・・・心を安定すること
「智慧」・・・真実を見る智慧を働かせること

このすべてが出来れば、仏様に近づくわけでありますが、なかなか努力が足りず、すべては出来そうにありません。
しかし、普段の生活の中で、人があなたに優しくしてくれているのに、それがあたりまえのことになっていて、気づかないことが実はたくさんあるはずなのです。

「お足が痛いでしょう」と座布団を勧めてくれる。「お疲れだったでしょう」と、茶を一杯勧めてくれる。あなたのお話を聞いてくれる。などなど・・・・。

これが、「そこいらへんにすわってください。」「お茶もいらないですよね。ほしい人は自動販売機でも買って飲んでください。」「忙しいから、お坊さんはお経だけ読んでいればよいので、話をしません。」・・・・・・こういう対応をされたら、うれしいですか。でも、本来は、自分はお寺に何をしに来たのか、と問われたら、「ご法事に来た。」「お参りに来た。」わけですから、目的に達しているわけです。でも何か、気持ちは良くありませんよね。

そこで、先ほどお話しした、「六波羅蜜」が必要になるわけです。もっと簡単に言えば、普段何気なく感じていることが実はあたりまえのことではなくて、皆が「思いやり」を持ってあなたに接してくださっていることへの「感謝」を感じなければいけないのです。そのことに気づかなければいけないのです。もし、気づいたら、言葉や態度で相手に対しても表せればよいわけです。

「足るを知る」つまり、今あなたがここに生きていることが出来ているのは、皆のおかげ、ご先祖様のおかげなのです。
なかなか、すべてのことは出来ないかもしれませんが、おこなおうと努力し、日々を過ごすことで幸せはやってきます。

御彼岸の仲日に際しまして、これを「住職の法話」とさせていただきます。・・・・・住職。







◎「元気なお年寄り」

「命の洗濯」といったら贅沢でしょうが、岩手・秋田県方面にうちの息子を連れて、旅に出て参りました。もちろん愛車のスマートを駆って、片道600キロの道程を走って参りました。たまたま泊まったホテルが「全日本マスターズスキー選手権」の会場のホテルでだったのですが、老人といったら失礼なほどのお元気さ、賑やかさなのです。飛騨高山や京都といったナンバーの車を自分で運転しての会場入り、そうでない方は、飛行機や新幹線を使って荷物も自分で運んでの会場入りの方々。一番若い方が55才以上、最高年齢は、90才近い方が何人もいらっしゃる。その方々が年齢別に分かれて、大回転の競技をするのですから。また、女性も含めて、その出で立ちがすごい。レーサースーツを身にまとい、長い板でスーーーッと滑っていくのですから。朝食会場でもよく食べて良くしゃべる。そこで

私が感じたことは、何か目的や楽しみがある人はこんなにも元気なのか、ということ。以前、104才で亡くなられたお檀家様のことを書かせていただきましたが、その方も102才まで畑を耕し、作った野菜を誰かに食べていただくことを喜びにしていました。

世知辛いこの世の中、食べるだけでも大変な方々がたくさんいる中で、遊ぶことの出来るということは幸せなこと。でも忙しい中、辛い生活の中でも、自分の幸せを見いだそうとしなければ、何をやっても、何を見ていても辛く生きていくのがいやになってしまう世の中です。だったら、「生きる望み・楽しみ」を心の中に持ち、この現実と戦っていく方が、どんなにか、力が湧いてくるに違いありません。「あなたの近くに仏様がいるのです。あなたの心に仏様がいるのです。そして、あなた自身が仏様なのです。」・・・・・住職。



ある日の「墓地・墓石改装」の話

私が留守の時に、お施主さんと石材業者さんが見えて、これから墓地の改修をさせていただきますと、ご挨拶に来られました。
吉祥院では、出入りの業者さんの指定は行っていませんが、改修前と終えたあとには、きちんとご供養をしていただいてから工事をしていただくようにしています。普段は、いつから工事にはいるのかお話しがあったあと、きちんとご供養してから工事に入っていただくのですが、たまたま私は留守だったのと施主様がこの流れがわからなかったことが重なり、いきなり工事を始めてしまったのです。妻からこの話を帰ったあと聞いて私は、びっくりして現場を確認し、妻にも注意したのですが、お施主様にもさっそくわけを説明し、次の朝、工事業者にも話をしてご供養をしてから工事を再開していただきました。

理由は、一つは、お墓は、一軒の家の仏が眠っているだけでなく、檀家の皆さんの家の仏が眠っている場所であること。工事の詳細について説明がないまま、工事をした場合、他の家の墓に迷惑がかかることがあること。二つ目は、自分の家に人が住んだまま、工事をするのに普通は、説明がないまま家の工事の場合もやりませんし、時と場合によっては、別に住む場所を用意してから工事を始めますよね。仏の場合も同じことです。供養をしてきちんと言い聞かせてから、安心させて工事に入れば、びっくりすることもないわけです。そうでないと、「オイオイ、いったいこの騒ぎは何だよ。」ってな具合になるわけです。お骨も預けなければならない場合もあるわけです。

そして、私がいつも法事の時にお話しさせていただいていること、「生きている者にも、亡くなった方にも同じに優しくしてあげてください。そうすることで、必ず、御利益はありますよ。お天道様は見ていますよ。」ということ、以上です。







【戒名】について


「お亡くなりになった方に戒名を授ける」ということは、生前の功績だけ、で私は戒名をお授け致しません。なぜならば、「残された方々」が亡くなられた方をどう供養していくか、が決まってしまうからです。私はいつも法事でお話ししているのですが、「生きているときと同じように亡くなられた方を優しく扱ってあげてください。」ということです。自分のお子さんが生まれたときに「この子はどんな風に育つのだろう。」「・・・・・・・・こうあってほしい。」という願いを込めて、愛情を持ってお名前を決定しますよね。私も亡くなられた方があの世で安らかにお過ごし頂きたい。また、残されたご家族にも仏様が寂しい思いをしないように御供養をきちんとして頂くお約束をしてから、戒名をお授けさせて頂いております。仏がどう生きたか、ももちろん考慮して、さらにご先祖様と共に、残されたご家族も守って見つめて頂く。そんな心の交流が大切と考え、私は、悪い戒名なんてものは、決してあるとは思いませんし、つけたくはありません。










◎ 「十三仏様」について



「十三仏」とは、
不動明王ふどうみょうおう(初七日) ○釈迦如来しゃかにょらい(二七日) ○文殊菩薩もんじゅぼさつ(三七日)○普賢菩薩ふげんぼさつ(四七日) ○地蔵菩薩じぞうぼさつ(五七日:注:閻魔様えんまさまはその化身である) ○弥勒菩薩みろくぼさつ(六七日) ○薬師如来やくしにょらい(七七日) ○観世音菩薩かんぜおんぼさつ(百ヶ日) ○勢至菩薩せいしぼさつ(一周忌) ○阿弥陀如来あみだにょらい(三回忌:注:2年目) ○阿閦如来あしゅくにょらい(7回忌:注:6年目) ○大日如来だいにちにょらい(十三・十七・二十三・二十七・三十七・四十三・四十七・五十回忌:注:全てその1年前が当たり年となる) ○虚空蔵菩薩こくうぞうぼさつ(三十三回忌:注:32年目)のことでる。

 前述の仏が、『亡くなった仏に対しての冥土の裁判』でその審理において「弁護士」の役目を務めることになる、とされている。



1.『不動明王』について

吉祥院脇室不動明王 東京都日野市「高幡不動尊」不動明王


「ふどうみょうおう」は、密教特有の尊格である明王の一つ。 大日如来の「教令輪身」とされる。「教令輪身」(きょうりょうりんじん)とは、仏法に従わない物を教化し、仏敵を退散させる実践的な働きを表す。つまり、簡単に言うと、煩悩を抱えてもっとも救いがたい衆生をも力ずくで救うために「忿怒」(ふんぬ)の姿をしていると言われている。

「不動明王」を本尊とする寺は非常に多く、「成田山新勝寺」「高幡不動」「目黒不動」等々、数多くきっと檀徒・信者の方々の限らず、お参りしたことがあるでしょう。特に「成田山」は、新勝寺だけでなく、様々なところに末寺が置かれ、別院・不動堂・教会等たくさんの寺院を有している。木更津市内だけでも、新宿に「不動堂」金田に「教会」があり、それぞれ住職がその教えに従い、興隆仏法に努めておられる。形は違っても、皆、「不動明王」を本尊としている。

また、本尊ではないが、各寺院に不動明王がいらっしゃるお寺は多く、護摩を焚いて祈祷したり、滝のあるところに、修験者を守る本尊として、そのお役目を果たしている。「吉祥院」では、本尊脇室で、お閻魔様と共に、歴代住職のお位牌や、永代供養の位牌、戦死なさった方々の遺影を御守りしながら、私たちをお救いする役目を果たしておられます。



2.『地蔵菩薩』について


 

上の写真左は、吉祥院境内の子安地蔵。右は、吉祥院脇室にいらっしゃる地蔵菩薩座像(文化十二年作)。

上の写真左は、長野県「典厩寺」山門前の六地蔵。右は、山梨県「恵林寺」の武田地蔵菩薩座像。


「地蔵菩薩」じぞうぼさつとは、釈迦の入滅後、56億7000万年後に弥勒菩薩が出現するまでの間、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)を輪廻する衆生を救う菩薩とされる。
35日の守り本尊で、「子どもの守り神」として信仰される。浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土に往生のかなわない衆生は、必ず地獄に堕ちるものという信仰が強まり、地蔵に対して、地獄における責め苦から救済を欣求するようになった。それと同時に地蔵を閻魔の本地仏と考える信仰も広まった。

地蔵像は、密教では、胎蔵界曼陀羅地蔵院の主尊として菩薩形に表されるが、一般には、僧侶の姿で袈裟をまとい、左手に念珠右手に錫杖を持つ形(写真・吉祥院中:地蔵菩薩:文化12年製作・明治17年再色彩のもの)または、左手に宝珠右手に与願印(掌をこちらに向け、下に垂らす)とする形の像が多い。
菩薩は、如来に次ぐ高い見地に住する仏であるが、地蔵菩薩は「一切衆生済度の請願を果たさずば、我、菩薩界に戻らじ」との決意でその地位を退し、六道を自らの足で行脚して、救われない衆生、幼くして散った子どもや水子の魂を救って旅を続ける。「閻魔王」と「地蔵菩薩」は同一であるのは、姿を変えることで人々を事細かに見ているためで、綿密に死者を裁くことができるからだ、とされている。つまり、閻魔はお地蔵様の化身なのである。また、35日の供養をする意味は、その日に極楽行きか地獄行きかを閻魔大王自らが審査する日とされ、49日忌に次いで大切な日だからである。


3.『観世音菩薩』について

上の写真は、左が吉祥院の無縁仏様の所にいらっしゃる聖観音様。右は、境内の十三仏様の中のお一人の観音様である。


◎観音経などに基づいて広く信仰・礼拝の対象になっている仏様である。また、般若心経の冒頭に登場する菩薩でもあり、浄土宗では、感無量寿経の説くところにより、阿弥陀如来の脇侍として、勢至菩薩と共に安置されることも多い。
観音像には、基本となる「聖観音」(しょうかんのん)の他、「十一面観音」(じゅういちめんかんのん)、「千手観音」(せんじゅかんのん)「馬頭観音」(ばとうかんのん)、「如意輪観音」(にょいりんかんのん)、准胝観音(じゅんちかんのん)の六観音がある。六観音は、六道輪廻(ろくどうりんね、あらゆる生命は、六種の世界に生まれ変わる)の思想に基づき、六種の観音が、六道に迷う衆生を救うとと言う考えから生まれたものである。全ての世界のあらゆる人間に優しく接し、悟りを説く仏としての役割を持つ。
これは、「地蔵菩薩」の時と同じで、観音様にお慈悲を乞い、『どうか百箇日の守り本尊である観音様。亡くなった私の愛するあの人が迷わず成仏できるよう、お願いします。』と多くの人々が法要を行うわけはここにある。『観音寺』という名前の寺や観音様をお祀りする寺が多いことも納得がいく。「浅草観音」や「大船観音」、「高崎観音」、近くには富津市の「東京湾観音」がある。



4.『弥勒菩薩』について



吉祥院十三仏中の弥勒菩薩座像 吉祥院檀徒「・・・・・・家先祖」弥勒菩薩墓


◎「弥勒菩薩」とは、釈迦の入滅後、五十六億七千万年後の未来に姿を現す未来仏である。現在は、兜率天(とそってん)で修行していると言われている。このため、中国・朝鮮半島・日本において、弥勒菩薩のいる兜率天(とそってん)で往生しようと願う信仰(上生信仰)が流行した。
五十六億七千万年後という、気の遠くなるような数字は、弥勒菩薩のいる兜率天(とそってん)での一日が地上の四千年にあたり、弥勒菩薩の兜率天(とそってん)での寿命が四千年であることから4000×4000×365がおよそ56億7000万年で、その後、下界に下りてこられるという計算に由来する。

「弥勒菩薩」は、日本では七福神の一人である『布袋様』が中国では、弥勒菩薩の化身とされ、下界に下りてこられたお姿として「弥勒如来」として仏堂の正面にその破顔と太鼓腹で膝を崩した風姿のまま祀られている。

また、沖縄では、『ミルクさん』として弥勒菩薩のお面を顔にかぶり行う祭りがある。祭りでは、その姿で歩き回る。各地方で多くの信仰が厚かったことは、かたちこそ違うといえ、吉祥院でも多くの墓に亡くなった仏の成仏を唱えそのお姿を見ることができる。上右の写真やこの項の下の写真からも伺うことが出来るはずである。

吉祥院檀徒・・・・・・・・家の先祖墓 吉祥院有縁無縁墓石群の中にも弥勒仏のお姿が・・








続きは、また、後日。